連帯経済研究会「コモン・グッドを追求する連帯経済―ラテンアメリカからの提言」

1.目的

本研究会では、ラテンアメリカ諸国においてグローバル市場経済メカニズムにより生まれる矛盾に対して、市民社会が尊厳ある生活基盤を実現させるためにローカルなレベルで実践してきた経済諸活動の中から、「連帯経済」の範疇に含まれる事例について、その運動の特徴、背景を比較分析するとともに、連帯経済を既存の開発論、開発政策に位置づける。事例の比較分析、理論化によって、連帯経済が独自に、また市場、国家との連携によって、これまで開発の主要な制度であった市場と国家が個別には果たせなかった「コモン・グッド(common good: 共通善)」を実現する制度であることを検証し、市場、国家に加えて「連帯経済」の三者からなる新しい発展のパラダイムを提言することを目的とする。

2. 研究の背景

ラテンアメリカの連帯経済は近年社会運動論の立場からも社会政策論の立場からも注目されている。連帯経済は失業者による企業回復運動、地域通貨運動、農村協同組合・生産者組合・小規模信用組合運動、フェアトレードなどを含む。同地域における連帯経済の実践の歴史は長く、社会的経済の議論から派生した協同組合の運動や、権威主義体制下における相互扶助の精神に立脚した貧困層の生存戦略として実践されてきた(Hirschman, Albert, Getting Ahead Collectively: Grassroots Experiences in Latin America, Pergamon, 1984)。ラテンアメリカは20年に及んだ経済危機を脱し、今世紀に入り経済の安定を達成した。その一方で、新自由主義に基づいた経済自由化とグローバル化が進む中で、失業、社会的格差拡大など社会的排除が深刻化し、市民社会の新たな抵抗と民衆の社会運動の高揚を引き起こした。「連帯」の思想のもとに、多様な社会組織を基盤として、生存あるいは生活向上に向けての経済活動が実践されてきた。例えばアルゼンチンで始まった回復工場運動は労働者自主管理企業運動として南米諸国に波及している。コロンビア農村部の協同組合運動は、アグリビジネスに対抗して環境保全と社会包摂的を目指す生産者運動として新しい様相をみせている。しかしながら、生存戦略としての連帯経済は、経済動向により消滅と再生を繰り返す傾向がある。連帯経済が強固で持続的な制度となるには、市場競争を超える新しい価値を生み出し、さらに国家と市場との協働を通じて連帯経済の価値を国家と市場に埋め込む必要がある。これまでの「連帯経済」研究は事例分析にとどまったが、本研究では連帯経済を国家、市場と並ぶ発展パラダイムの制度として位置づけている。
他方、社会運動論の分野では、今日の経済開発政策に対する弱者が権利を要求する手段として、様々な形態の抵抗の運動が出現してきた。しかし、「抵抗の運動」を追究するだけではこれらの活動の持続性は検証できず、経済自立化と生活基盤の充実を裏付ける「ローカルな主体性に基づく発展モデル」の構築が不可欠である。
そこで、本研究会では連帯経済の概念と実践の分析を通して、新しい発展パラダイムの構築をめざす。新しい発展のパラダイムが目指す究極的な目標は、「コモン・グッド」である。「コモン・グッド」とは個人の益を超える普遍的な共通の善であり、人間、環境、地域社会のニーズが充たされたときに実現されるものである。これまで企業は社会的事業によって、国家は公共政策によって社会的アカウンタビリティの向上を目指すことで「コモン・グッド」の実現を図ったが、その目標は達成されていない。連帯経済は自ら、あるいは国家と市場との協働によって「コモン・グッド」を追求する新しい発展パラダイムの中心的な制度である。

3.研究会が取り組む課題:

本研究では、以下の3課題を研究の柱とする。

(1) 域内独済に関する理論的潮流の把握と欧州の諸説との比較検討
先行する欧州の「社会的経済」の理論、実践を整理しながら、ラテンアメリカ地域の歴史的社会経済的文脈で展開される独自の「連帯経済」の理論的潮流を把握する。Paul Singer、Pablo Guerra、Luis Racetoら南米の論者が展開する第三セクター論などの主張をはじめ、アンデス諸国の先住民共同体の価値観である「良き生」(Buen Vivir)などの連帯経済につながる論点を整理する。

(2) ラテンアメリカにおける連帯経済の実践、地域社会へのインパクトに関する比較分析
本研究が主に対象とする7カ国における連帯経済の実践を国別に把握し、発生要因、地域社会へのインパクトと市場、国家との関係について比較分析を行い、連帯経済の実践が個々の社会における「コモン・グッド」の向上にどのように貢献しているかを明らかにする。

(3) 「コモン・グッド」の拡大をめざす新しい発展パラダイムの構築
連帯経済が自ら、そして国家と市場との新しい連携によって、「コモン・グッド」を実現する発展パラダイムの理論化を行う。連帯経済は新しい発展パラダイムの基底をなす制度であり、国家と市場とに働きかけ、それらと新しい連携関係を結び、協働することによって「コモン・グッド」を実現する。ラテンアメリカの経験から想起された同パラダイムの他地域への適用可能性を考察する。